原稿用紙10枚を書く力

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原稿用紙10枚を書く力 税込579 円

しつこく、宣伝…

なるほどね、と思わせるのは、自信で原稿用紙10枚文を書いてみようと、書き出してからだと思いますね。

自身がそうなんですけど、次の日に読み返すと、もう赤面を通り越して死にたくなったりするんですが、不思議と、書き直したとしても、そんなに変わらなかったり。むしろ、何日か経ってから、冷静になって読み返した方が、ちゃんとした推敲、手直しが出来るもんだと。
で、そこから、また、いくつかのアイディアが浮かび、プロットになり、関係のないプロットを集めて、頭の中で推敲はしますが、それで一つの記事が書けるわけでもなく、やっぱり、こうして感想文もどきの紹介記事を書いているわけです。


書くことで、寿命が延びる?というか、何か書いている人の方が何も書いていない人より、ボケないってのは、まぁ、間違いないことなんでしょう。軽くニュースにもなってましたけど、健忘症だったりしても、書くことで、色々調べたりも出来るんで、覚えるより、詰め込むっていう風にして、思い出すきっかけになったりするんだろうなぁ、と。
そこいらへんはともかく、Web文章術なんかより、こと「書く」という事においては、ノウハウというか、教えみたいに、素直に入ってきたもので、そこここで推しているわけです。

まず読む、ってのは小説家になりたい人向けだけかと思ったら、そうでもなく、書くには、やっぱり読むってのが重要らしいです。
確かに、読むのが好きな人で、書くのが嫌いな人って余りいなさそう。苦手な人はいても、苦手だけど、嫌いではなかったり。こっそり、つらつらと、日記なんか書いてたりしそうな気がしますがね。
読むことで、文体とか、好きなフレーズみたいなのが、やっぱり残ったりするわけで、そこらへんが合致したのが、後から紹介しようと思っている、同じく文章教室みたいな本でも、真似っこはアリだと。

司馬遼太郎さんが好きで、特に、明治維新系が好きだったんで、そこら辺から読みあさったんですが、あぁ、なるほど、そういえば、そういう書き出し方するよなぁ、ってのが

よみうりランド前駅周辺は丘陵を開発したような街である
小田急線の線路、駅を挟んで、緑豊かな丘陵地を住宅地に切り開いたような町並みになっている。しかし、決して、緑を失っているわけではなく、ちょっとした丘が竹藪になっていたり、小じゃれた出窓のあるような家が並ぶ先が、谷底のようになっていて、そういえば坂を上ったんだっけと思い出させてくれたりする。崖っぷちに、しがみつくようなアパートもあれば、ちょっとした林のような庭のある平屋の家があったりするのだ。朝夕は、子供たちの声なども聞こえるのだが、夜となれば、しわぶき一つ聞こえないような静かさが訪れる。春には小鳥のさえずりが楽しみだし、夏は蝉時雨が楽しみでもある、そんな街である。

ワンセンテンス、短い文章を置き、その後、段落なしの息継ぎなしの文章を置いたりする。
説明だったり、次の展開へのアタリだったり。
段落なしの長めの一節は、でも、読みにくいわけでもなく、かえって、すーっと入っていく風で、最初の短いセンテンスが残ってたりする。

やっぱり推敲に推敲を重ねたんでしょうか?新聞に連載とかもしてたんで、そんな余裕もなさそうな気もしますけど、原稿用紙に手書きで、こういう文体というか、スタイルを確立しちゃうってのは、さすがに凄みを感じてしまうわけですが
実際、結構、書きやすいスタイルだと思うんです。
アイディア、プロットを簡潔に短いセンテンスにして、それを膨らませた長めのセンテンスを、どどーっと書いちゃえばいいわけですから。その長めのセンテンスって、割と、後から推敲しやすいんです。なんてたって一つのセンテンス(文節)でしかないので、削ったり、付け足したり。句読点とか、何も考えずに、思うがまま書いたんだけど、割と、シンプルにまとめ直せたりします。
というか、書き直しみたいな事はないような
実際に、文例を書いてみて、決して、読めたもんじゃない文節ではありますけど、考えながら、フレーズとかを気にしながら書けましたし。

てな具合に、ブログ全盛のご時世、「読まれてもいい文章」ってのを心がけるんだったら、読んでおいても、いいかな、と思うわけです。
個人的には、文章術、文章教室系の本としては一押しの一冊です。

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