加害者天国日本「光市母子殺害事件判決」に思ふ事

加害者天国日本「光市母子殺害事件判決」に思ふ事Shift++β育ち直しの歌:少年院から/14限目 光市母子殺害事件=毛利甚八 (土曜文化) – 毎日jp(毎日新聞)
まぁ朝から実況があって、判決は大方の予想通り「死刑」だった訳なんだが、この毛利甚八先生の意見は、判決の前のアップで、ちょっと考えさせられた。
いわゆる遺族の旦那のコメントも、真意はともかく、裏には、こういう考えまで及んだんだろうと、改めて、考えさせられた。

リンク記事の表題の通り「育ち直しの歌」ってのは、全く、その通りだと、賛同する。
第三者的な客観視(冷感視かも)しかしない、させないマスコミのあり様とかも、確かに、そうだよなぁと思ってしまう。事実を端折りまくって、本質的な事に触れずに、確かに全部事実なんだろうけど断片的に見せられたら、それがすべてだと思ってしまう訳なんだし、今回の事件についても、加害者の背景に触れた報道がどれだけあったのだろう?と考えてしまった。

にしても、だ。やっぱり年齢に関係なく二人も殺害してしまったら、やっぱり死刑というのは妥当だと思う。本当に執行されるかどうかっていうのを別にして、だ。
この無期懲役が温いっ!というので、9年もかけたわけだが、軽い交通事故で被害者になった経験から、個人的には、同情というか、当たり前なのだけれど家族を奪った加害者への被害者なりの抵抗というか…

そう、日本という国は、実は、加害者天国で、被害者地獄だと思っている。
加害者についての刑罰はある程度の基準というか、決まりがあるのだけれど、被害者には、そういうのが全くない。
交通事故でも補償は、勝ち取らないと貰えなかったりする。
恐ろしいことに、それらを行うのは、下手をすると当事者同士ではなく保険会社間だったりする。
つまり加害者が被害者に謝罪することなく補償が決まってしまったりすることがあり得る。というか、あった。

さすがに殺害事件とかで、謝罪はあるんだろうけど、今回は、最後の最後に一礼があった(その前に反省文という手紙が送られたそうだが、被害者遺族は開封していないし、今後も開封しないそうだ)判決後の一礼というのが、何なのか?という議論はともかく、だ。

思うのは、せめて、被害者と加害者が対等の立場に立てるようになって欲しいという事。
現状では、とても対等ではないと思う。補償も含めて、アフターケアも、だ。どう考えても、おかしい。
加害者は、一応、何もしないでも最低限の生きる環境が与えられているのにも関わらず、何故か、被害者は、基本的には放置。自身の財力と精神力とで、事故前の状態に戻す努力をしないといけなかったりする。どうやって、ケアするのか?っていう問題でもあるのだけれど、確かに。

にしても、だ。加害者なりの背景があり、この記事の通り、9年、留置所に拘留されていただけの「加害者」のケアという問題も残った。
そろそろ、意図した殺害という事実は事実として、意図した殺害に至る経緯ってのも、司法ではなく、国家として考えないといけないんじゃないかと思った。それは、そのまま、意図した殺害という事件の後、アフター・ケアとしての被害者への配慮や補償も含めて、だ。
今回初めて知ったのだけれど、今まで、被害者遺族でも、裁判傍聴は、一般傍聴希望者と同じレベルだったらしい。やっと優先的に被害者遺族が傍聴出来るようになったとか。んなアホな、と思ったんだけど、そういう「時代」を感じさせる基準は、そろそろ改めていった方がいいと思うんだが…

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